"奇跡の一本松" の検索結果 29 件

  1. ①地獄を選ぶ?それとも天国を選ぶ?②「愛への抵抗」を止める

    ①地獄を選ぶ?それとも天国を選ぶ?②「愛への抵抗」を止める

    またふと来た。「地獄と天国、どっちを選ぶ?」奇跡講座では、聖霊を選ぶか自我を選ぶかとあるが、私には「地獄」と「天国」の間での選択の方が身に迫るものがある。また、香港さんのブログに「愛への抵抗」という言葉を見つけた。ぐっと来た!自分がコントロールできない未来についてごちゃごちゃ思い悩むのはやめて、「人生の成り行きに身を委ねる。人生が必ず私に最高の幸せをもたらしてくれると信じている」(ルイーズ・...

  2. ①心の静寂の第一歩→指先に意識、②出てきた感情や思考はwelcome、③必死こいてやるのは違う気がする

    ①心の静寂の第一歩→指先に意識、②出てきた感情や思考はwelcome、③必死こいてやるのは違う気がする

    ある人の個人セッションを受けてきた。奇跡講座の学習者ではないけれど、同じ道を歩んで、かなり先に行っている先生だ。①私はどうしても心の静寂を持つことができない。瞑想なんかも本当に苦手。まずとっかかりとして、体のどこかを意識するとよいとのこと。そうやっていると、何かをやっていても静寂が得られるようになるそうだ。さっそく指先を意識していることにした。できる時には両方の指先を合わせる(あったかくて気...

  3. セドナの安藤さんのセミナーより(2):嫌なことを見ないようにする=抑圧

    セドナの安藤さんのセミナーより(2):嫌なことを見ないようにする=抑圧

    安藤さんのセミナーより続き。嫌なことを見ないようにする=抑圧。もっと深いところに沈み込んで、いろいろな問題を先々引き起こす。これだ!ちゃんと問題を見るということは、これだ。「自我を見る」ということは、これだ。ごまかさないでちゃんと見る。それから私は「見る」ということは、気づくとういことだと思っている。感情やnegativeなことに巻き込まれているときは、気づく=見る、ことができなくなっている...

  4. セドナの安藤さんのセミナーより(1):今この瞬間、できる範囲で手放せばいい

    セドナの安藤さんのセミナーより(1):今この瞬間、できる範囲で手放せばいい

    今、古い手帳をパラパラ見ていたら、2012年1月23日に行われたセドナメソッドの安藤さんのセミナーに参加したときのメモが見つかった。いろいろとためになることを話してくださったが、その中に「この先ずっと手放していようと思わずに、今この瞬間、できる範囲で手放せばよい」という言葉があった。奇跡講座の赦し(=手放す)も同じかもしれない。前のめりになって赦すぞ、赦すぞ、となるのは、もしかしたら自我を強...

  5. 葛藤を経験しないと前には進めないのかもしれない

    葛藤を経験しないと前には進めないのかもしれない

    今回の父の入院によって、心が大きくかき乱され、この先どうなるのかと不安に圧倒される日々を送っていた。しかし、その間、藁をも掴む思いで思いを書きしたため(書く解放と言える)、奇跡講座のテキストやワークブックを参照した。その結果、少し前進したように思えている。本当に辛かった。しかし、そういう葛藤を通らないと、もしかしたら奇跡講座における前進は、難しいのかもしれない。今回、「神」の存在を、以前に増...

  6. 常時解放は常時、神・聖霊を思い出すことだった

    常時解放は常時、神・聖霊を思い出すことだった

    「常時解放」は、セドナメソッドの本で見たもので、私は奇跡講座の実践に応用していた。今更ながら、今朝気づいた。常時解放(=常時赦し)とは、常時、神・聖霊・Jを思い出すことだった。常時、「私がどこに行こうとも神が私と共に行く」、「私の内から神の光が発し、行く道を照らす」(*)だった。(*は奇跡講座の言葉ではない。チャネリングで私に与えられた言葉だ。そういえば、そのチャネリングで、「あなたは前世で...

  7. 「悶々(もんもん)」から平安を取り戻した

    「悶々(もんもん)」から平安を取り戻した

    今、朝の7時。今朝は5時に目が覚めて、また家族のこと、自分のことで悶々(もんもん)としてた。横になっていても悶々は収まらないし、それどころか増すだけなので、起きてメモを書いていた。5月に書いたメモを読んだ。その内容から、以下を考えメモした。「私は神の子としての自分を受け入れる」(=自分が神の子であることを受け入れる)をマントラとして今日1日唱える。レッスン58.4「ひとたび私が自分の聖性を受...

  8. 与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである。

    与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである。

    レッスン119 (108)与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである。私は今日、すべてを赦すつもりだ。それにより、自分の中の真理を受け入れる方法を学び、自分の無罪性を認識できるようになりたい。以上、引用。午前3時に目が覚めた。トイレに行きたかっただけだけれど、それに勝手に意味づけしてもんもんとしている。やはり父のこと、家族のこと、自分自身のことが心配なんだ。私が静まって、真理に耳...

  9. 一歩退く&光の中にいる

    一歩退く&光の中にいる

    ずっと「コントロールしたい欲求を解放」をやっていたが、それでも気分が晴れない。今は夜中だが寝られない、もんもんとしている。それでワークブックを開いた。結果、私はずっと闇の中に自らを置いていたということに気づいた。91奇跡は光の中で見える・・・これにより、自分がずっと自分自身を闇に置いていたことに気づいた。93光と喜びと平安が私の中に宿っている。101 神の意志が私に望むのは完全な幸せである。...

  10. 「私は自分を受け入れます」からの考察

    「私は自分を受け入れます」からの考察

    私が拠り所としている言葉、「私は自分を受け入れます」(ルイーズ・ヘイ)は、「私は『神の子』としての自分を受け入れます」か。で、「私は神の子としての自分を受け入れます」は、「コントロールしたいという欲求を手放す」ことか。で、コントロールしたいのは、今起きていること(今目の前いる人(面と向かって会っていない人たちを含む))、または過去に起きたこと(過去に目の前にいた人(同上))、はたまた未来に起...

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